前回までの6回で人身の自由が書き終わりました。人身の自由は自由権の一つで、人身の自由以外の自由権には精神的自由権、経済的自由権があります。
今回から社会権について書きたいと思います。
| 社会権の位置づけ
社会権は、社会的・経済的に弱い人々が人間らしい生活ができるように国家による積極的に介入を求めることができる権利です。国民が国家に介入を求めるのです。“国家による自由”ですね。
経済的自由権も国家による積極的な介入が許される場面がありましたが、経済的自由権は原則的に“国家からの自由”です。社会の変化によって修正されたにすぎません。
それに対して、社会権は国家による介入を積極的に認めるものです。
社会権の位置づけを見てみたいと思います。
1 自由権
(1)精神的自由権
思想・良心の自由、信教の自由、表現の自由、学問の自由
(2)経済的自由権
職業選択の自由、財産権の保障
(3)人身の自由
奴隷的拘束からの自由、適正手続きの保障
2 社会権 ← ココ!
生存権、教育を受ける権利、労働基本権
3 参政権
4 受益権
請願権、裁判を受ける権利、国家賠償請求権、刑事補償請求権
| 生存権ってなに?
憲法の人権の中でも大きなヤマの一つです。生存権にはいろいろな議論があります。
憲法 25条
すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
2 国は、全ての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
生存権って言いたい何?というのは学者の間でも議論されています。生存権の法的性質について大きく3つの説があります。
1 プログラム規定説
憲法25条は国民の生存を国が確保すべき政治的・道徳的な目標を定めたものと考えます。ですから、国は国民の生存を確保する努力をすればよく、全ての国民が必ずしも最低限度の生活ができていなくてもよいとします。
2 抽象的権利説
国民は生存権が満たされていなくても憲法25条を根拠に直接訴えを起こすことはできませんが、具体的な法律があれば訴えを起こすことができると考えます。現在の通説だと言われています。
3 具体的権利説
国民は、具体的な法律がなくても憲法25条を根拠に直接訴えることができると考えます。プログラム規定説とは両極に位置する考え方です。
判例の考え方については次回にご紹介します。
| まとめ
1 生存権は社会権の1つ!
2 生存権は具体的な法律で請求権に!
3 プログラム規定説では請求権なし!