前回から司法権について書いています。裁判所が裁判をするには法律上の争訟でなければいけないというお話でした。
今回はもう少し突っ込んで、法律上の争訟ではあるけれども裁判所が判断できないことについて書きたいと思います。
| 司法権の限界
司法権の限界は、法律上の争訟ではあるけれども裁判所が判断しないとする理屈です。司法権の限界には大きく3つあります。
1 憲法の条文上の限界
2 国際法上の限界
3 憲法の解釈上の限界
それぞれどのようなものがあるのかを書きたいと思います。
| 憲法の条文上の限界
憲法の条文上の限界には、議員の資格争訟裁判と裁判官の弾劾裁判があります。
議員の資格争訟裁判は、憲法55条で議院の自律権として認めていますので裁判所は判断ができません。
裁判官の弾劾裁判は、憲法64条で国会の権能としていることから裁判所は判断ができません。
憲法 55条
議院は、各々その議員の資格に関する争訟を裁判する。但し、議員の議席を失はせるには、出席議員の三分の二以上の多数による議決を必要とする。
憲法 64条
国会は、罷免の訴追を受けた裁判官を裁判するため、両議院の議員で組織する弾劾裁判所を設ける。
2 弾劾に関する事項は、法律でこれを定める。
| 国際法上の限界
国際法には治外法権や条約による裁判権の制限などがあります。外国人の外交官が日本で罪を犯した場合、法律上の争訟ではあるけれども外交官には治外法権がありますので日本の裁判所が裁くことができません。
| 憲法の解釈上の限界
憲法の解釈上の限界には、(1)自律権による限界、(2)自由裁量による限界、(3)統治行為、(4)部分社会の法理、の4つがあります。
1 自律権による限界
自律権とは他者から干渉を受けずに自主的に決定できる権能です。国会や議院の議事手続や懲罰権が自律権です。議院の自律権が問題になった事件に警察法改正無効事件(最大昭37.3.7)があります。
昭和29年に警察法の改正を巡って国会では議論が紛糾していました。議長は会期延長を宣言しましたが、野党は会期延長が無効だとして全員が欠席した中で警察法改正案は可決されました。大阪府議会は改正警察法に基づいて追加予算を可決しようとしましたが、住民の中には、改正警察法は成立過程が違法だから無効だとして大阪府の追加予算を認めないと主張しました。裁判所は、議員の議事手続については議院の自律権を尊重して司法権は及ばないとしました。
2 自由裁量による限界
立法権や行政権の自由裁量に属する行為は、裁量を著しく逸脱したり著しく濫用したりしない限り、裁判の対象にはなりません。自由裁量というのは、裁量権者が法にとらわれずに自由に判断することができることです。
自由裁量にあたる行為の例としては、内閣総理大臣の国務大臣の任免権などがあります。
裁量行為には自由裁量の他に羈束裁量というものもあります。羈束裁量は、裁量権者が一定の範囲内で自由に判断ができることです。
3 統治行為
統治行為は、極めて高度に政治性のある行為は裁判所が判断しないとする理屈です。統治行為が問題になった事件に苫米地(とまべち)事件(最大昭35.6.8)があります。
昭和27年8月に当時の吉田茂内閣は衆議院を抜き打ち解散しました。この解散によって苫別衆議院議員は失職しましたので、従来の手続きとは違う解散だから違憲だと主張して、任期満了まで議員を務めていれば貰えたであろう歳費の支給を求めて訴えました。
裁判所は、衆議院の解散は極めて政治性の高い統治行為だから、裁判所は有効無効を審査することはできないと判断しました。
4 部分社会の法理
部分社会は、一般的な市民社会秩序とは直接関係しない団体のことです。たとえば、政党や大学、地方議会などです。部分社会の中での内部的な紛争は裁判所が判断しません。具体的には、政党の党員の除名処分(共産党袴田事件)、大学の単位授与(富山大学事件)、地方議会議員の懲罰処分(地方議会議員懲罰事件)などです。
ただし、大学の単位認定については司法審査の対象になりません(富山大学事件)が、大学の専攻科の修了認定については大学を卒業できるかできないかという大学の外にまで影響があることについては司法審査が及びます(地方議会議員懲罰事件)。同様に、退学や留年も司法審査の対象になります(エホバの証人剣道受講拒否事件)。
地方議会議員についても出席停止処分は司法審査が及びませんが、除名処分は司法審査の対象になります(地方議会議員懲罰事件)。政党の党員の除名処分については原則として司法審査の対象になりません(共産党袴田事件)。
ややこしいですが、一般的な市民社会とは直接関係しない内部的な紛争は司法審査の対象にならないと考えてください。
| まとめ
1 司法権にはいくつかの限界がある!
2 条文上の限界は2つだけ!
3 解釈上の限界は判例の勉強が必須!