前回の憲法の記事では“行政書士試験の憲法(人権の享有主体性)”について書きました。人権は誰にでも認められるのが通常ですが、天皇・法人・外国人などは人権が制約される話をしました。
今回は、一般の国民の人権が制約される原理について書きたいと思います。
| 公共の福祉ってなに?
人権は広く皆が生まれながらに持っていて誰にも侵されない権利です。人権の固有性・不可侵性・普遍性です。
ところが、人間社会には多くの人が暮らしています。それぞれの人の有する人権が無制限だとすると、ある人の人権とある人の人権とがぶつかり合うことがたびたび起こることが予想されます。たとえば、表現の自由があるからと言って皆が他人を誹謗中傷するとコミュニケーションが成り立たなくなりますし、他人の人権である財産権を侵害することもあるかもしれません。
そこで、人権と人権が衝突した場合に調整するための公平の原理を“公共の福祉”と言います。
| 公共の福祉の中身は?
公共の福祉にはいくつかの調整方法があります。
1 比較衡量論
比較衡量論は、人権を制限することによる利益と制限しないことによる利益を比較して、どちらの利益が大きいのかを比べる方法です。もちろん、利益の大きな方が優先されます。
判例にも採用された考え方です。たとえば、博多駅テレビフィルム提出命令事件や全逓東京中郵事件です。
ただ、比較衡量論にも欠点があります。多数の人の利益が少数の人の利益よりも優先される可能性が高いのです。少数派の利益が守られないのは困りますね。
2 二重の基準論
二重の基準論は、具体的な違憲審査基準の考え方で、自由権のうちの経済的自由と精神的自由の2つに分けて基準を作ろうとするものです。
経済的自由で使われる審査基準は緩やかな基準です。この基準にもいくつか種類があります。
精神的自由で使われる審査基準は厳しい基準です。この基準にもいくつか種類があります。
経済的自由と精神的自由を分けているのには理由が2つあります。
1つめは、精神的自由、特に表現の自由が安易に制限されると、民主制の過程で修正されないからです。民主主義はいくつもある違憲を皆が出し合い討論することで、多くの人が納得できる結論を出す方法です。表現の自由が安易に制限されると、そもそも意見を主張することができにくくなりますので民主主義が機能しませんし、民主主義の中では修正されにくくなるのです。
2つめは、裁判所の審査能力の問題です。経済的自由ではデータを数字で出すことができますが、専門家でないと数字の解析をすることは難しいのです。また、経済的自由を誓約する理由についても、背景や原因が複雑で経済の専門家ではない裁判所が判断することは難しいです。
ところが、表現の自由の制約は経済の専門家でなくても判断ができます。純粋に法律の問題として捉えることができますので、裁判所は深く考察することができるのです。
判断が難しい経済については国民の代表者が決めた国会の判断を尊重して判断をし、裁判所でも判断が容易な法律の問題はきちんと判断をするというのは、二重の基準論です。
| まとめ
1 公共の福祉は人権同士の衝突を調整!
2 公共の福祉には比較衡量論や二重の基準論などがあります!
3 二重の基準論では民主制と裁判所の能力が関係しています!